お誘い

小窓から橙色の光が差し込む時間帯。
今日の最終試合の出場ファイターが、ステージ内から下りていった。
場内からは、観客やファイター問わず、相手を労う言葉や、ファイターに応援をかける言葉。感想を言い合う言葉。様々な声と言葉が飛び交う、和やかな時間が流れている。

様々な表情を見せるファイター達を。観客達を…ボクはただなんとなく、席に座ってぼんやりと見つめていた。
今日の試合は、良い試合だった。ボク自身が出場した試合でも、全力を出しきり戦うことができた、と、満足な気分だった。

「ドクター!おつかれさまー!またねー!」
「うん。おつかれさま。」

「良い試合だった。また手合わせ願おう。」
「勿論だよ。いつでも相手するさ。」

いつの間にか隣をすれ違っていく、何人かのファイターや観客と言葉を交わした。皆、横顔からでも満足感や安心感のある表情をしていた。
1人、また1人と席を立ち、列を成して、それぞれの出口のドアへと向かっていく。

徐々に空席が目立ってきた。
隣にも、反対側の隣にも、もう誰も座っていない。
橙色の光に照らされた、長い影だけが残っている。
とはいえ、ボクが今何を待っているわけでもなく、でも帰りを急いでもいない。まあ、一番最後でもいいかという気持ちで、長い列を眺めていた。

「お疲れさま。」

場内の音を通り抜けて、はっきりと聞こえてきた。
その声に視線を移すと、いくつかの空席を挟んだ向こう側に、マリオがいた。

今日は1人で観戦と対戦をしていたつもりだったから、キミがいたことには気が付かなかった。寧ろ、今日はいないのだろう、
とすら思っていた。
ボクの試合も、見てくれていたのだろうか。

「うん。お疲れさま。」

お互い近付くわけでもなく、立つわけでもなく、今いる席から声をかけた。
マリオが笑顔を見せた。
ボクの声も、届いたみたいだ。

そんなキミの顔を見たら、なんだかキミと話したくなってしまった。

「「あのさ」」

今度はお互いに立ち上がった。同じ声が重なった。
そしてそのまま、あっ、という声も重なる。
あっ、という瞳も重なる。
なんだかそれがおかしくて、ふふっという声も重なった。
ただそれだけだったが、楽しかった。
やがて近寄ってきたマリオがまた口を開いた。

「ねぇ!良ければこの後どこかにいかない?」

…ああ、ボクもそれを言いたかったんだ。
言いたいことまで、重なってたんだ。
マリオをまっすぐと見つめて、答えを出す。

「ボクも、この後キミとどこかに行きたい。」
「キミから誘ってくれるなんて、嬉しいな!」

マリオがとても嬉しそうに、にこっと笑う。
でも、あれ、今、先に誘ったのはキミじゃないか。
いや、今、ボクから、誘ったのか?
どっちが誘っているのか、誘われているんだか。
でも、キミの表情を見たら、同じように嬉しかった。

「じゃあ、どこに行く?展望台?それとも、森の中?キミのことなら、ボクらの部屋でゆっくり話でも、する?」

聞きなれた選択肢。
どれも、いつもボクが行きたいと言う場所だ。
でも、今日はどれとも当てはまらない答えだ。

「キミの行きたい場所に行こう。」
「ボクも、キミの行きたい場所に行きたい!」

またふふっと笑った。
なんだ。行きたい場所まで重なっちゃったじゃないか。
全部おんなじじゃないか。
あんまりにも重なるものだから、なんだかそれがおかしくって。
どことなくくだなかった。
でも、ボク達はただ嬉しかった。

さて、これじゃあ一体、どこへ行けばいいのやら。
結局、また決まらないじゃないか。

場内には、暖かい時間が流れていた。