夢でもいいから

雲ひとつない青空の下。影の中で目が覚めた。
また、この木陰で居眠りをしていたらしい。
青々とした丘の草原が、心地よい音を立てている。ここは、いつも居眠りをしてしまうほど気持ちが良い場所だ。だから、「また」である。
ぐっと伸びをして、立ち上がった。
木陰から出ていき、丘を歩いていく。

ゆるやかな下り坂をゆっくり、ゆっくりと歩いていく。
視界が下りてきて、徐々に隠れていた景色が現れてくる。

雲ひとつない青空の下。青々とした丘の緑。
途中で青空が途切れ、丘の緑が途切れる。
そこからはどこまでも真っ白で、何も、描かれていない。
この真っ白に足を置いたら、どこにも着地せずに落ちてしまうのではないか、と思えて、足を踏み出すことはせずにいる。
手を伸ばすことはできるが、何も掴めない。

だから、ここからは出られない。
ここには唯一この丘と、この木と、この青空が残っている。
これがいつもの、変わらない景色だ。
また、この景色を見ている。
だから、何も変わっていない。
いつもどおりだ。

「ドクター。ここに、いたんだね。」
「……マリオ?」

音もなく現れたその姿は…マリオだった。
マリオは、にこりと笑っていた。
ここにはボクしか、いないのかと思っていた。ここで、誰とも会ったことがなかったから。
久しぶりにその姿を見てとても安心したと同時に、ある映像が重なる。

キミを庇ってボクは何かの衝撃を浴びた。ボクは、吹き飛ばされて叩き付けられる。起き上がると今度はキミが、酷く驚いたような顔で、ボクを見ている。何かを叫びながら、ボクに近寄ってくる。ボクの身体は動かない。でも、キミがボクの身体を持ち上げてくれたのがわかった。ボクの視界はゆっくり白くなりかけていた。
目線だけを動かすと、キミの後ろ側にいたのは、…いたのは。

「キミの中からボクが消えていなくて、ボクも…安心したよ。」

そうだ。そうなんだ。本当はこのまま蓋をしてしまいたかった。
ボクはそう思っていたんだ。それも、思い出した。
ボクの役割は、世界を脅かす生き物と戦うことだった。世界の外側から来る、得体の知れない生き物と、戦っていた。世界を、守っていた。
でも、生物を止めきれなかった。
新型の生物が瞬く間に増殖して、ボクらの世界を壊していった。皆が、なす術もなく消滅していった。マスターでさえ、駄目だった。
そして最後に、ボクらを取り囲んだ。
ボクは、キミだけでも、生かしたくて、キミを庇って攻撃を受けた。

ボクがあの時あの生物を、全て駆除できていれば。ボクが先に消えたりさえしなければ。ボクは…あの時、きっとキミを救えたんだ。
最後の最後まで、ボクの瞳が消えるまで。キミはボクに話してくれたせいで、キミもあの生き物からの攻撃を、浴びてしまったんだ。
そして、誰も、何もなくなった。世界も。

ボクが、ボクが、悪いんだ。
ボクは、世界を救う役割を果たせなかったんだ。

「……………あ、」

蓋をしようとしていたものは、めちゃくちゃに溢れてきた。
目からはぽろぽろと、涙が溢れてきた。視界が、滲む。溺れる。
声が出せない。息が苦しい。やめてくれ。こんなの、もう思い出したくない。でも、思い出したくないだけで、本当は、それが、真実なんだ。

「何があったか、思い出した?」

ボクが、ボクが、悪いんだ。
こんなことにした、ボクが悪いんだ。
それに耐えられなくなって、ボクはうずくまった。

「そんな悲しい顔をしないで。
これはキミのせいなんかじゃない。キミを責めないで。
キミは、いつも独りでどこまでも戦ってくれたじゃないか。」

ぐちゃぐちゃになってうずくまるボクの背中に手が置かれる。背中を擦られる。温かい、温かい手だった。ボクは、ただ情けなかった。

誰からも慕われ、誰でも助けられるキミみたいに…。キミみたいな、英雄に憧れていた。戦い続ける事で、そうやって世界を救えると信じていた。でも、ボクは、結局英雄になれなかった。どころか、世界を滅ぼした悪になった。
それが、耐えられない。

「キミが、世界を救えなかったとしても…
ずっと戦ってくれたなら、ボクはキミをヒーローだと思ってるよ。」

ぐちゃぐちゃなまま顔を向けると、マリオはこちらを見て、いつもの笑顔で笑っていた。
こんなへんてこな世界でも、笑っていた。
これはきっと夢、だ。きっと、何度も見た、何度も見ている、いつもの…夢だ。

だって、本当のキミが、もう、いないことは、知ってる。
もうキミが、どこにもいないことを、思い出したんだ。

でも、夢でもいい。夢であっても。
涙が溢れていても、こんな残酷な真実を思い出したとしても。ボクが悪くても。ボクが情けなくても。
キミに会えたことは、嬉しい。
この感情は、きっと本物だ。

「もしも。もしもキミとボクが、この先もう一度新しい世界に行ったとしても。ボクはキミを必ず見つけ出す。
だから、待ってて。」

キミの瞳を見つめる。
ぐちゃぐちゃの顔の中から必死に声を絞り出した。

「ボクも、キミを、信じている。
キミを、必ず見つけにいく。キミが見つけてくれるよりも。先に。
だから、ありがとう。」

爽やかな風が吹いた頃、キミの姿は無かった。