深い緑のその先に

出入り口の自動ドアから1歩踏み出した。
扉が閉まると、会場からの音が切り離される。
向こうには、どこまでも大きい青空と、青々と生い茂る緑と、ここに繋がる小道が広がっていた。
会場内ではまだ試合がおこなわれている。とはいえ、自分の出る試合はない。
試合観戦をするという手段もあるが、今日は自由な時間が欲しいと考えた。

いつもの場所で…ゆっくりしようか。
どこかで軽食でも買って。
さて、どこに行こうか。
ぐるんと首と肩を回し、ぐんと伸びをした。
僅かに吹く風が、白衣を通り抜けていった。

ふう、と一息ついたその時、会場は違う方向から、微かに何かの気配を感じた。
スマブラチームのファイターというのは、同じファイター同士が感じ取れる証というか、魔力のようなものがある。そして、もうひとつキーラやダーズの支配下である、コピーファイター…スピリッツのような気配もある…。
つまり、そのふたつが、戦っている、ということだろうか。それらしきものであるなら、恐らくそうだろう。

コピーファイターであるなら、倒さなければ。そこにいるであろう他のファイターに任せてほっといても良いが…何かが違うような気がして、そちらへと向かうことにした。

背後のドアからは誰も通ってこない。
今、自分しか気付いていないのだろうか。

気配を便りに進んでいくと、堂々と立ちはだかる深い緑が現れた。それから、どこまでも生い茂る森と緑と、草と、木。
明らかに手入れされていないような、明らかな外れの道だ。膝までの高さの草木か…雑草だか何だかが生い茂っている。…こんな道あっただろうか。
どこか手入れされた違う道から入れるのではないか、とも考えたが…それらしき道は見当たらなかった。仕方なくここを、歩き進むことにした。

歩き進んでいく中、小さな虫が飛んでいく。
鳥が飛んでいく。時々木漏れ日の強いところがあって、眩しい。緑の香りと、土の香りと、本の少しだけ吹く、風の音。
気配を便りにしながらも、草が擦れるジーンズの感覚を感じながらも。あたりの景色を思わず見詰めてしまうような、そんな場所を進んでいった。

…どれくらいガサガサと音を立てて進んだかわからない。背後も生い茂る緑であまり見えないが、試合会場からはかなり歩いてきたように感じる。そう思った矢先にようやく草木が開けてきた。
葉っぱがついた白衣とジーンズを軽くはたいていると、爆発音と少し遅れて、何かが当たった衝撃で一緒に吹き飛ばされた。
軽く音がして地面を引きずられたが、咄嗟に受け身で立ち上がった。飛んできたものは立ち上がれなかったようだ。

「うっ…」

どうやら、人間らしい。
煙が漂う中で見えたのは、白色と、茶色。
…この後ろ姿に、見覚えがある…。

「…キミ、大丈夫か?」
「ご、ごめ……ん…?」

視線が重なった。やはりそうだった。
目の前の顔は…この瞳は、マリオ。
いや、違う。この人は、ドクターマリオだ。
ボクと同じ、白色の白衣。額帯鏡。

この世界において、同じファイターがいることは何ら不思議なことではない。だが…その瞳は、少年のような好奇心を含んでいる瞳をしていた。
今のボクには、決してできない瞳。
どちらか、と、言われたら、「マリオ」の瞳だ。

「え、キミ…、」

お互い見詰めていて間もなく、相手の背後からこちらへゆっくりと近づいて来る足音が聞こえる。ゆっくりと近付いてくる気配がある。

深い緑の中に禍々しく、赤く輝く瞳が揺らめく。続いて、その姿が露になった。その姿こそ、キーラから産み出され、スピリッツを宿したコピーファイターであった。

赤い瞳は目の前のドクターへと向けられていた。まだ、戦うつもりなのだろう。しかし、相手にほとんど傷が見えない。…目の前のドクターマリオは、傷だらけだというのに。
ドクターマリオもその瞳を捉えて、ゆっくりと立ち上がろうとした。

「ボクは、まだ、戦える…!」

だが、それより先に立ち上がり、前に出たのはボクだった。
一息ついて、瞳を閉じて。
拳をパンとならした。

「お前の相手はボクだ。」

開いた鋭い瞳で相手を捉えると、禍々しい赤い瞳も、ボクを捉えた。
お互いに、ファイター同士の瞳になる。
戦いが始まる前の静かな時間の中。何かの合図のように、ひとつの風が吹き抜けていった。

「……そのヒト、何度ダメージを受けてもすぐに回復するんだ!だから、気を付けて!」

上空へ飛び出す少し前、背後から聞こえてきた。
…つまり、このファイターはおそらく自動回復のスピリッツが入っている。それならば、相手だけが傷ひとつないというのも納得できる。
とはいえ、何体ものコピーファイターと戦っているボクにとって、特段脅威でもない。
見下ろすボクの視線の先で、深呼吸をした後向かってくる相手が見えた。

カプセルを使って距離を取り始めながら距離を詰めようとすると、相手は飛び道具で応戦してきた。こちらよりも素早いものに見える。こちらに向かってきたものは目視して避けるのがぎりぎりなくらい。
しかし飛び道具ばかりで攻撃するわけにもいかない、というのは相手もこちらも同じだ。飛び散るカプセルと、飛び散る相手の飛び道具。時に飛び道具と飛び道具がぶつかり、空中ではじけた欠片が飛び散っていった。

その欠片と、飛び道具を掻い潜りながら再び距離を詰める。拳、一撃、足技。向こうから来るのは手付き、肘、払い、蹴り上げ。
反応が間に合わず受けて背後に次の一撃が来る。とっさに腕を出し、相討ち。すかさず足を払うも回避される。だが隙を見て足技を入れる。そして同じ足技がこちらにも飛んでくる。

時に相手の体は輝き、傷が消えていくタイミングがあった事に気が付いた。相手の出方を伺いたいという考えこそあったが、時間で回復されるのであれば…このまま押し切って倒すべきだ。そう考えた。

すると奇妙な音と共に大きな衝撃波が飛んできた。不意をつかれて受け、地面を引きずられる。
猛烈な打撃に思わず噎せた。
それを見て、相手は再び深呼吸をする。

衝撃波は…切り札か?いや、違う。通常攻撃……必殺技か。相手に遠距離攻撃が2種類もあるということ…か。
先程より…接近戦の時よりも大きなダメージに感じる。痛みもそんなことも考えている間も無く、また次の攻撃が飛んできた。次は素早く受け身を取って隙を減らすことへ徹底した。
相手にダメージが蓄積しはじめている。とはいえ、相手は回復のスピリッツがある。明らかにこちらが不利だ。

受け身、回避とカプセルで距離を取り始めたボクに気付いたのか、相手も再び飛び道具を多用し始めた。
相手もこちらにダメージが蓄積していることに気付いている。だから大きな衝撃波で勝負をつけようとしたのだろう。

…そうか。それが飛び道具…飛んできた衝撃波、ということであるのなら。

手付きを浴び、地面に打ち付けられたその時に、背中からあの音がした。
スッと立ち上がって向き直る。
そう、あの最初の衝撃波が、最初のスピードで迫ってくる。全く同じだ。この衝撃波で、勝負を決めるつもりなのだろう。

激しく輝く衝撃波が、瞳に映るくらい迫っている。
衝撃の勢いで、白衣が靡く。
足元の草の葉が、靡く。
ぐっと足を踏み込んだ。
靡く白衣から、白い1枚のシーツを出した。
眩しい衝撃波に目を細めた。
それでも、そのタイミングは見落とさない。

たった一瞬のタイミングに、シーツを翻した。バチンという音と共に、目映い光が瞳に映った。
予想は的中していた。

翻したシーツの力で衝撃波は反対方向へと跳ね返された。相手の回避は間に合わず、中心へと撃ち込まれ、奥へと飛ばされていった。

だが…まだだ。
右手へ目一杯雷を纏い、地面を踏み込み一気に距離を詰める。
相手と一瞬目が合った。
相手の瞳に、目映い雷が映っていた。
そのまま、力を込めた掌を相手の中心へと思いっきり撃ち込んだ。

重く猛烈な音と、複雑に弾けていく白い光が、撃ち込んだ拳から広がった。相手はそのまま背中から猛烈な早さで木をなぎ倒していき、すぐにどこにも見えなくなった。
枚散る煙と、葉。
やがてなぎ倒された木が1本の道を作り出した先から、解放されたスピリッツの光が空へ伸びていた。

静かになった空間で、息切れしていた。
戦いの終わりに、もう一度瞳を閉じた。

「すごい…。キミ…強いんだね!」
駆け寄ってきた足音に目を開くと、先程のドクターマリオがこちらを見ていた。きらきら輝く済んだ青い瞳。それは、幼いファンから向けられるあの瞳に似ていた。

久しぶりに、そんな瞳を見た、気がする。
それがどことなく照れ臭くなり、コホンと視線を反らして続けた。

「…ありがとう。
キミは、ドクターマリオだね。この辺では見かけない雰囲気に感じるが…
「うん、ボクはドクターマリオ。ボクも、キミのことを見て見かけない雰囲気だって思ったんだ…。
ボク、皆と対戦してたはずなんだ。順番に。全員と。でも、気が付いたら、知らない…違うところに来てしまって。
それがどこだかわからなくて、そのまま進んでいったら、見たこともないヒトにいきなり攻撃されて。あんな…禍々しい赤い目で、攻撃しても回復するみたいなヒト…見たこともなかったんだ。」

まだ言いかけてた段階だったが…ずいぶん早口で説明されたので、ボクもあっけに取られてしまった。
ドクターマリオにしては、よく喋るな…。
いや、よく喋るドクターマリオも、いるか…。

それはさておき、どうやら、このドクターマリオはここに迷い込んでしまった…という事にも取れるが…。

「キミ、ダメージがたくさん溜まっちゃってるみたいだよ。大丈夫?」

……そうだった。薄く湯気が出る程には、ダメージが蓄積していたことも忘れていた。それはボクだけではなく、キミも溜まっているはずだ。

「……、ひとまず、ここから離れよう。
ボクが案内する。ついてきて。」
「うん!」

通ってきた道を、もう一度戻ることにした。
同じ2人が2人揃って、勢いよく歩きだした。